本研究は、ファミリー企業の後継者教育手法として「社史編纂・活用」に着目し、その実践的可能性を探るものである。経営教育は実務と理論をつなぐと同時に、深刻な事業承継問題に対する有効策として期待される。本講演では、社史を教材化する意義として、編纂プロセスそのものが「先代経営者の意思決定過程や企業理念の背景」を追体験させ、自社への理解と当事者意識を高める効果があると論じる。具体的には、以下のような特徴的手法を提示した。
ü 大学研究者が講師となり、後継者が社史を共同で編む経験を通じて学ぶ
ü 編纂後は社史を題材に従業員も交えた討議を行い、暗黙知の共有を図る
事例研究では、年商数億円から数十億円規模の五社を対象に検証した。染料卸売業では従業員発案による改善提案が増加し、和装仕立業では上下関係を超えたコミュニケーションが活性化。専門士業法人では利益鈍化の要因分析と料金改定が後継者と従業員の合意で実行され、廃棄物処理業では経営者志望者が生まれ、新規事業の議論にも拍車がかかった。印刷業では、理念理解から採用ミスマッチ低減に至る成果が見られた。これらを通じ、社史は「見えざる経営資源」として後継者と従業員の行動変容を促す効果を実証した。